夏目漱石(なつめそうせき)
1867年〜1916年、東京都出身。
同時期に活躍した森鴎外と並んで語られる、日本を代表する作家のひとり。神経質で病気がちだったが、教員経験もあり、若手作家の面倒をみるような世話好きな一面もありました。
以下、彼の小説に出てくる四字熟語をいくつか紹介します。
◎夏目漱石『こころ』
「絶体絶命(ぜったいぜつめい)」
二人が私の背後で打ち合せをした上、万事をやっているのだろうと思うと、私は急に苦しくって堪らなくなるのです。不愉快なのではありません。絶体絶命のような行き詰まった心持になるのです。
「笑止千万(しょうしせんばん)」
あなたがたから見て笑止千万な事もその時の私には実際大困難だったのです。
◎夏目漱石『吾輩は猫である』
「一人天下(ひとりてんか)」
ごもっともで、全く苦沙弥は剛慢ですから……少しは自分の社会上の地位を考えているといいのですけれども、まるで一人天下ですから
「前後不覚(ぜんごふかく)」
茶の木の根を一本一本嗅ぎながら、西側の杉垣のそばまでくると、枯菊を押し倒してその上に大きな猫が前後不覚に寝ている。
「縦横無尽(じゅうおうむじん)」
この時つくつく君は悲鳴を揚げて、薄い透明な羽根を縦横無尽に振う。その早い事、美事なる事は言語道断、実に蝉世界の一偉観である。
「一字一句(いちじいっく)」
一字一句の裏に宇宙の一大哲理を包含するは無論の事、その一字一句が層々連続すると首尾相応じ前後相照らして、瑣談繊話と思ってうっかりと読んでいたものが忽然豹変して容易ならざる法語となるんだから
「一挙両得(いっきょりょうとく)」
かくの如くすれば好物は貪ぼり次第貪り候も毫も内臓の諸機関に障害を生ぜず、一挙両得とは此等の事を可申かと愚考致候
「乱暴狼藉(らんぼうろうぜき)」
主人の内の鼠は、主人の出る学校の生徒のごとく日中でも夜中でも乱暴狼藉の練修に余念なく、憫然なる主人の夢を驚破するのを天職のごとく心得ている連中だから、かくのごとく遠慮する訳がない。
◎夏目漱石『坊ちゃん』
「一味徒党(いちみとろう)」
いよいよ時機が来た、おれは例の計画を断行するつもりだと云うから、そうかそれじゃおれもやろうと、即座に一味徒党に加盟した。
「前代未聞(ぜんだいみもん)」
この男がやがて、いやあ、はああと呑気な声を出して、妙な謡をうたいながら、太鼓をぼこぼん、ぼこぼんと叩く。歌の調子は前代未聞の不思議なものだ。
「自由自在(じゆうじざい)」
抜き身の動くのは自由自在だが、その動く範囲は一尺五寸角の柱のうちにかぎられた上に、前後左右のものと同方向に同速度にひらめかなければならない。
◎夏目漱石『道草』
「自業自得(じごうじとく)」
みんな自業自得だといえば、まあそんなものさね
「無茶苦茶(むちゃくちゃ)」
健三の稚気を軽蔑した彼は、形式の心得もなく無茶苦茶に近付いて来ようとする健三を表面上鄭寧な態度で遮った。
◎夏目漱石『それから』
「自己嫌悪(じこけんお)」
代助は最後に不決断の自己嫌悪に陥つた。
「滅茶苦茶(むちゃくちゃ)」
黙つてゐれば兄の方が負ける。そこで弟も刀を抜いた。さうして二人で滅茶苦茶に相手を斬り殺して仕舞つた。