森鴎外(もりおうがい)
1862〜1922年、島根県出身。
日本の近代文学をリードした大文豪、森鴎外。頭脳明晰で剛直な性格として知られている。東京大学医学部を卒業した軍医でもあり、いわば高級官僚として成功した人物でもあった。
以下、彼の小説に出てくる四字熟語をいくつか紹介します。
◎森鴎外『雁』
「一朝一夕(いっちょういっせき)」
さあ、用事を聞こうと云うと、「あなたわたしをどうしてくれる気なの」とか、「こうしていて、わたしの行末はどうなるでしょう」とか、なかなか一朝一夕に解決の出来ぬ難問題を提出する。
「他人行儀(たにんぎょうぎ)」
これまで何事も打ち明け合って、お互の間に秘密と云うものを持っていたことのない二人が、厭でも秘密のあるらしい、他人行儀の挨拶をしなくてはならなくなったのである。
「喜怒哀楽(きどあいらく)」
それが大抵これまで父親と二人で暮していた、何年かの間に閲けみして来た、小さい喜怒哀楽に過ぎない。太平無事 なんだと。どうしようかと思っている。どうもしなくたって好いじゃないか。天下は太平無事だ
◎森鴎外『舞姫』
「危急存亡(ききゅうそんぼう)」
我一身の大事は前に横たはりて、洵まことに危急存亡の秋ときなるに、この行おこなひありしをあやしみ、又た誹そしる人もあるべけれど、
◎森鴎外『山椒大夫』
「津々浦々(つつうらうら)」
こうして二人は幾日か舟に明かし暮らした。宮崎は越中、能登のと、越前、若狭の津々浦々を売り歩いたのである。
◎森鴎外『青年』
「三位一体(さんみいったい)」
これが悪魔の業わざでないなら、不可思議であろう。奇蹟であろう。この奇蹟を信ぜざることを得ないとなれば、三位一体のドグマも信ぜられない筈がなくなると云うのである。
「不老不死(ふろうふし)」
その男は人間の体が年を取るに従って段々石灰化してしまうのを防ぐ工夫をしているのだがね。不老不死の問題が今の世に再現するには、まあ、あんな形式で再現する外ないだろうね
「僅有絶無(きんゆうぜつむ)」
現社会に僅有絶無というようになっているらしい、男子の貞操は、縦たとい尊重すべきものであるとしても、それは身を保つとか自ら重んずるとかいう利己主義だというより外に、何の意義をも有せざるように思うからである。
「嘉言善行(かげんぜんこう)」
縦い性欲の為めにもせよ、利を図ることを忘れることの出来る女であったと云うのが、殆ど嘉言善行を見聞きしたような慰めを、自分に与えてくれるのである。
「徹頭徹尾(てっとうてつび)」
相手にとは云っても、客が芸者を相手にしている積りでいるだけで、芸者は些しもこの客を相手にしてはいない。客は芸者を揶揄っている積りで、徹頭徹尾芸者に揶揄われている。
「心機一転(しんきいってん)」
我ながら馬鹿気た事を思ったものだと、純一は心機一転して、丁度持て来た茶碗蒸しを箸で掘り返し始めた。
「正真正銘(しょうしんしょうめい)」
いや。大変なわけさ。相手に出て来る女主人公は正真正銘の satanisteサタニスト なのだからね。
「毀誉褒貶(きよほうへん)」
東京の女学校長で、あらゆる毀誉褒貶を一身に集めたことのある人である。
「一朝一夕(いっちょういっせき)」
元の通りでなく、どうにか整頓しようと思う。そしてそれが出来ないのである。出来ないのは無理もない。そんな整頓は固もとより一朝一夕に出来る筈の整頓ではないのである。