《物見遊山の使い方》柴門ふみ、西村京太郎、星新一など使い方の実例集

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物見遊山(ものみゆさん)」とは、とくに目的もなく見物して遊び歩くこと。この四字熟語の使い方の実例を紹介します。

 

▶︎柴門ふみ『四十雀の恋もステキ』
私は来年から女編集長をヒロインにした漫画を連載する予定があり、そのため彼女に取材を申し込んだのだ。決して物見遊山で美人見学に出かけたのではない。えーっと、女が仕事を続けていく上での一番の困難は何ですかあという私の質問に彼女はこう答えた。
▶︎福沢諭吉『新女大学』
人任せの不可なるは言わずして明白なる可し。世間の婦人或は此道理を知らず、多くの子を持ちながら其着物の綻を縫うは面倒なり、其食事の世話は煩わしとて之を下女の手に託し、自分は友達の附合、物見遊山などに耽りて、悠々閑々たる者あるこそ気の毒なれ。元来を言えば婦人の遊楽決して咎む可らず。
▶︎西村京太郎『特急ゆふいんの森殺人事件』
橋本は、眼を閉じて、考えていた。こっちは、必死に追いかけているのに、逃げる方は、本心はわからないが、まるで、物見遊山のように見えるのだ。しばらくして、前方に、阿蘇の外輪山が、見えてきた。
▶︎宮本百合子『男女交際より家庭生活へ』
決して、現在、日本で若い男女間の所謂交際と云うもののように、妙に陰翳があり、感情的で、危いものではありません。通り一遍の知人である男子と、第三者を加えず物見遊山に出かけたり、夜会に出たりすることは、正しい身持の娘なら決して仕ないことです。
▶︎松本清張『虚線の下絵』
女房の仕事にのこのこと附添って行くのはみっともないし、そのみっともなさを牧子に指摘されそうだった。物見遊山の身分ではなかった。
▶︎酒見賢一『後宮小説』
たいていは自分の生国へゆく。彼らは途次、物見遊山の旅を楽しみ、故郷に錦を飾ることができる。旅の間に悪どく賄賂を取り、巨財を築く者までいたらしい。
▶︎島崎藤村『破戒』
江戸時代から物見遊山や農作祈願などの名目でさかんに行われた。
▶︎遠藤周作『協奏曲』
この旅行は観光旅行ではなかった。物見遊山のための旅でもなかった。
▶︎星新一『きまぐれ遊歩道』
近世になってからは、金持ち娘の嫁入り前のきまま旅、財産家の物見遊山をかねたのもあったらしい。しかし、京都の近くか、紀伊あたりで、四国ではなかっただろう。
▶︎菊池寛『ある恋の話』
私は、自分の暮しが、何となく味気ないような淋しいように思い始めて来たのです。それで、やっぱり家にばかり、引込んでいるから、退屈をするのだろうと思って、その頃五ツか六ツになった娘を連れて、よく物見遊山に出かけるようになったのです。今までは世間からなるべく離れよう離れようとした私が、反対に世間が何となく懐しく思われて来たのです。
▶︎高杉良『金融腐蝕列島(下)』
まさか物見遊山気分で支援チームに参加した人はいないと思いますけど、現場は殺気立ってますから、のろのろしてるっていうか、気働きがしないっていうか、使いものにならない人もいるんですよねぇ。
▶︎坂口安吾『安吾巷談』
つまり、ヤジウマにすぎないのである。 しかし、日本人の信教には物見遊山のような要素が多いようだ。 道楽の一ツで、そのために産をつぶしてくやむところなし、とあれば、他人が気に病む境地ではないらしい。
▶︎樋口有介『苦い雨』
東京のことは帰ってから考えればいいし、鶴岡では鶴岡の仕事がある。 確認し直すまでもなく、こんな遠くまで高梨も物見遊山にやって来たわけではないのだ。 レインコートを引っかけ、折り畳みの傘を持って、五分後にはホテルの部屋を出た。
▶︎高橋克彦『火城』
物見遊山に出かけるのではあるまいし、もしそうなら艦長を辞退すればよい。
▶︎石坂洋次郎『陽のあたる坂道』
神や仏のお救いの手を待ちのぞんでいる人たちばかりでしょうがな。 わしは物見遊山など派手なことをするよりも、こういう不幸な人たちの中に混じっているのが好きなんですわ。
▶︎沢木耕太郎『一瞬の夏』
しかし、釜山でのその男の言動は、およそマネージャーの名に値しないものであった。物見遊山のために便乗してきた、というならまだよかった。内藤に不利な条件を無批判に受け入れ、試合前の内藤の神経を逆撫でするようなことを平気で口にした。
▶︎泉鏡花『おばけずきのいわれ少々と処女作』
父が熱心な信心家であったこともその一つの原因であろう。僕の幼時には物見遊山に行くということよりも、お寺詣りに連れられる方が多かった。僕は明かに世に二つの大なる超自然力のあることを信ずる。
▶︎渡辺淳一『メトレス 愛人』
たしかに、物見遊山で桜を見にくる人と、そこに住んでいる人とでは、その土地に対する思い入れが違うのは当然かもしれない。
▶︎星新一『きまぐれ星のメモ』
いっそのこと、それをさらに徹底させ、車内における飲酒を禁止したらどうだろう。わが国には旅とは物見遊山であり、サービスとは酒を飲ませることとの固定観念があるが、終止符を打ってもいい頃であろう。準通勤列車に食堂車をもうける必要があったろうか。
▶︎田口ランディ『ハーモニーの幸せ』
教室を開き、そこに集まった人たちといっしょに歌い、声を導き、それぞれが自分の声で自分のために歌うことができるように活動するようになったのだ。私は最初、まったく興味半分、物見遊山の気持ちで出かけた。と、怖いもの見たさである。
▶︎山際淳司『スローカーブを、もう一球』
つまり、最悪だった。伊勢の町まで来たのは物見遊山でもなければ、センチメンタル・ジャーニイでもなかった。ぼくはまるでビジネスマンのふりをして新幹線に乗り、伊勢までやってきたわけだった。
▶︎平岩弓枝『風祭』
今度の旅は、あくまでも叔母の遺言でロンドンとローザンヌへやって来たものである。ついでに物見遊山をしていると、人に思われたくもなかったし、叔母の法事もひかえていた。
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